とあるSEの新人時代

学生生活も5年目に入り、卒業研究が忙しくなっていた。

同級生達はちらほら就職活動に入っていたようだった。

「そろそろ就職活動でもしておくか」

社会のことも会社のこともよく知らなかったが、IT企業に行きたいという事だけは決めていた。

うちの高専に来ていた求人の中から、適当にOBが多い企業に斡旋してもらい内定を貰った。

それぞれの求人には定員が決まっており、早い者勝ちで応募していく。

内定を貰ったら必ずそこに就職するという斡旋式ルールの元、ほとんどの学生が1社目で内定を貰っていた。

ぼくの成績は下から数えたほうが早いぐらいだったが、斡旋のおかげで1発合格だった。

無事内定を貰い、夢だったSE生活が始まると思っていた。

あの事件さえ起こらなければ。

リーマン・ショック

内定を貰った直後に飛び込んできたニュース。それがリーマン・ショックだった。

「サラリーマンにショッキングな出来事があったらしい」

ぼくはそんな認識でいたが、あながち間違いでは無かった。

入社1年目・・・

ぼくは黒いスーツに身を包み、中小企業のSEになっていた。

客先に常駐してシステムの仕事をする、SIer(エスアイヤー)と呼ばれる職だった。分かりやすく言えばシステム専門の派遣である。

リーマン・ショックの影響で景気は悪かったが、内定を取り消されなかったことは唯一の幸運だった。

趣味でやっていたプログラミングの技術を活かせると思ったし、ぼくを入れて6人居た同期の誰よりも自分がデキると思っていた。

そして4月から2ヶ月間の研修が始まった。

研修とは名ばかりで、会議室を1つまるごと貸し切り缶詰にされただけだった。

たまに先輩社員が講師に来たが、ほとんど自習しているだけだった。

一番意味が分からなかったのは「3の倍数と3が付く数字のときだけアホになるプログラムを作れ」というものだった。

後で聞いたのだが、そんな持ちネタを持った芸人が居たらしい。実にロジカルな芸風である。

ぼくはコンソールに並んだアホな文字列を見ながら、他の新人たちにプログラミングを教える事しかやることが無かった。

研修も終わり、まだ常駐先が決まっていなかったぼく達は社内の雑務を手伝っていた。

「客先は緊張しそうだな・・・」

ぼくは新人らしい一抹の不安を覚えていた。

しかし、その不安は悪い意味で裏切られた。

「臨時休業」

新人達の客先は、無かった。