あれはぼくが小学校低学年ぐらいの頃でした。

まだインターネットも知らず、娯楽と言えばテレビ、ゲーム、コロコロコミックぐらいです。寝る前は読書をするのが日課で、ハリーポッターシリーズや、エルマーと16ぴきのりゅうを読む日々を過ごしていました。
そんなある日、転機が訪れます。

家にドラゴンボール全42巻のコミックスがやって来たのです。ぼくの学習机は42冊の漫画で埋まりました。

ドラゴンボールと言えば鳥山明先生の代表作で、アニメ化はするわ、ゲーム化はするわ、とにかく面白くて毎晩2〜3冊のペースで読んでいました。

暇さえあればかめはめ波の練習をするし、学校に行けばフュージョンの練習も出来たし、舞空術の夢は何度も見ました。

お風呂では前髪を中央に集めてベジータごっこをするし、朝は親から「その寝癖スーパーサイヤ人みたいね」と言われたものです。

そんなこんなでドラゴンボールにどハマりし、全42巻を3周ぐらい読んだある日のこと。

いつものようにランドセルを学習机のイスにしまうと、なんだか異変を感じます。机がすっきりしたような・・・

そして気づいたのです。ドラゴンボール全42巻が綺麗さっぱり無くなっていることに!

母に聞いてみると衝撃の事実が明らかになりました。

母「邪魔だったから全部売った」
ぼく「!?」


ドラゴンボールは当時ぼくのバイブルであり、そのショックは計り知れません。

漫画を買っても捨てられる・・・この出来事をきっかけにぼくはトラウマを抱え、漫画が買えない体になってしまいました。

コロコロコミックもジャンプも児童館に通って読むしかありません。夏休みは児童館にあったコナンを読み続け、ドラゴンボールを盗んだ真犯人を探していました。

大人になってからトラウマを克服しようとして、島本和彦先生の吼えろペンと新吼えろペンを全巻購入しましたが、結局人生で買ったコミックスはこれだけです。

配偶者や家族に勝手に物を捨てられるとショックが大きいのです。特に幼少期は、何が当人にとって価値のあるものなのか分かりません。

ビンに集めたセミの抜け殻かもしれないし、壊れたおもちゃかもしれない。あるいは着なくなった服や、履かなくなった靴かもしれません。



ぼくは商品の箱が好きで、空箱をコレクションしておく趣味があります。

ガンプラの箱

ガンプラを作ったのに箱も一緒にディスプレイしてみたり。

クローゼットの中の箱

ゲーム機の箱は大きいのでインパクトがあります。飾りたいけど邪魔になるのでクローゼットにしまっています・・・。

おそらく空箱は家族から見ればただのゴミでしょう。ですがぼくにとってはポスターのようなものであり、持っているだけで満足感が得られるのです。

邪魔だからとか、壊れているからという理由で勝手に捨てたりしていませんか?

もしかしたらその行為は相手を深く傷つけてしまう行為かもしれません。なぜなら、人はそれぞれ価値観が違うからです。価値観を押し付けて、これはいらない物だと決めつけてはいけません。

価値観は一種の宗教のようなものです。時間の経過によって変化することはありますが、いきなり改宗するはずもありません。

宗教が違えば理解出来ないのも当然のことです。そして理解する必要も別にないのです。

「あなたはこういう宗教なのね。」そう思って気にしなければいいだけの事なのです。もし異臭を放っていたり害があるようなら相談しなければなりませんが・・・

もし人の物を捨てたくなったら、まずは話をしてみてください。価値観を完全に理解する事は出来ませんが、ある程度共有することは出来るかもしれません。

あれから10数年が経ちますが、未だに母にかめはめ波を撃つ事は出来ていません。戦闘力5ではまだ気が足りないのでしょう。

まぁそんな気も、もう捨てたほうがいいのでしょうね。